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英語偏差値30からカナダ東海岸St.Thomas Universityに留学。卒業後2009年4月、某財閥系総合商社へ入社。
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7/28〜7/31の間、宮城県仙台市にて3泊4日の震災ボランティアに参加してきました

7/28(木)の午後半休を取得、15時に東京を出発、
17時頃仙台入りしオリエンテーションを受け、翌日29日(金)からボランティアを開始。そこから丸3日間、仙台5区の内海に接する仙台市若林区、宮城野区にて側溝の泥出しと草取りを行いました。
 
 
今回の記事から、①初日の様子、②初日に出会った漁師風の男性の話/ボランティアで出会った現地に住む人の話、③東北ボランティアを通しての所感、の3シリーズで、自分の東北ボランティアで見てきた事、感じた事を書いて行きたいと思います。写真を撮っていない分説明がくどくなるかも知れませんが、出来るだけ細かく正確に現地の情報を伝え、より多くの人に現状を知ってもらう事が一番大切だと思いますので、長文恐縮ですがお読み頂ければ嬉しいです。
 

        
 
 
7/28(木) 17:30頃、仙台。
 
 
仙台駅に降り立った時は、その人の多さと活気に正直驚いた。初めての東北という事も有ったけれど、駅は普通に機能していて、そこにいる人は皆笑顔だった。宮城では七夕を旧暦の8月に祝う。8月6日からの七夕祭りに向けて駅に装飾が目一杯施され、華やかな雰囲気になっていた。その日は、そのまま沿岸部から離れた山奥の旅館に向かい、夜眠る迄ずっと「なんだ。思ったよりも普通じゃないか」と安心した気持ちでいた。震災以来テレビで伝えられてきた映像が目に焼き付いていたので、それとのギャップを感じていた。


翌日。ボランティアセンターに行き、マッチング、道具の貸し出しを受け、その流れのスムーズさに驚き、又その日VCに来た全員に仕事が割り当てられなかった事に戸惑う(100人集まった中80人程度迄しか依頼された仕事が無かった)。割り当てられなかったボランティア希望者はその日は作業が無い為、淡々と帰って行く。このシステマティックな流れの中で、VCのスタッフはこれまでどれだけ多くのボランティアをさばいて来たのだろうか、等と考えていた。
ボランティアの疲れなのか、何となく体に力が入らないまま、車に戻る。VCに戻る迄時間があったので、住宅街から少し岡を上がって、海岸付近の地区に立ち寄ることになった。


絶句。何も無い。
 
 

家も、木も、電信柱も、瓦礫も、音も、人気も、兎に角何も無い。あるのは、家の土台になっていたであろうコンクリートの基礎だけ。一部大きなブルーシートがかけられている。海岸地区にあった3階建ての学校は、2階部分が大きく抉りとられ、骨組みがむき出しになっていた。3階の窓を見上げると、上部に、水平に泥の後がうっすら残っている。その高さまで津波が来たのだろうか。窓には、細かい掻きむしった様な線が沢山見えた。思わず目を逸らす。何も無い''住宅街''を見渡すと、紙くずの様にくしゃくしゃに丸め込まれた様な車が所々、道路脇や草むらの真ん中に転がっている。
 
ここは日本なんだろうか。この時、自分が感じた正直な気持ちだ。何が起きたのかはメディアで散々目にしてきた。でもやはり現実感が無い。何でここ迄何も残っていないのか。家一つ位残っていてもいいじゃないか。津波と言ったって、自分の身長の3、4倍もある高さじゃないか。本当にそんな高さの津波が来たのか。そもそも津波って一体何処から。。。

 
海側へ振り返ってみる。堤防が設けてあって、海はまだ見えない。砂で埋もれて鉄の柱やフェンスが倒れかかっている足場の悪い堤防に登ってみると、水平線が見え、穏やかな太平洋が目の前いっぱいに広がっていた。堤防は高く、砂浜は広く、波際まではかなり距離がある。ふと横を見てみると、防風林として植えてあった大きな松の木数十本が、広範囲に渡って一本残らずぐにゃりと根元から曲げられている。余りにも異様な光景だったので、背筋が少し冷たくなる。
 
そのすぐ横。コンクリートの堤防と砂浜の境目が2メートル位深く抉れている。自分が落ちたらすっぽり入って自力で出て来れない程の大きな切れ込み。一緒にいた人から、ここが津波がまず着地したところだと聞いて、具体的なイメージが沸き、一気に現実感が増した。この堤防を超えてここに津波が着地。ぞっとした。

堤防の上から住宅街を振り返る。一面の''平野''。津波がこの町を全て押し流してしまった。。。穏やかに広がる海とその反対にある何も無い町のギャップに、津波の恐ろしさを静かに強く感じた。ひどく悲しくなって、泣きそうになった。

自分が今どんな気持ちなのかわからず、しばらく呆然と海を眺めていると、そこでひとりの漁師風の男性に出会った。

 
imayu/その②に続きます
 
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早い。もうすぐ2009年が終わり、新年が明けてしまう。

大学を卒業してからの、今考えれば贅沢過ぎる一年間のモラトリアムの後、入社して約8ヶ月間、大きな環境の変化の中(自分ではそう思っていないのだけど)、色んな事に触れて、見て、聞いて、感じて、考えてきた。正直、2009年を振り返ると言っても、色々な思いがどっと押し寄せてきて溺れてしまいそうなので、この一年がどんな年だったか、順を追ってゆっくり振り返ってみようと思う。


入社してから2ヵ月の間は大学時代と変わりが無かった。朝起きて研修施設に行き、英語で授業を受けたりビジネスモデルを考えてプレゼンしたり。STU時代に比べて余りにも生温い環境に焦りと危機感を覚えて、毎朝カフェに行き本を読んでいた。研修の授業を通して学んだ事は正直殆ど何も無かったと思う。だけれど、毎日同期と膝を突き合わせて色んな議論をしていくうちに、本当に尊敬できる魅力的な沢山の同期に出逢えた。

研修の後は自分の希望に極めて近い部署に配属になってわくわくしていた。この部署でどんな力を身に付けられるだろう、どんな風に組織を良くしよう、気持ちが先行していた面もあったと思うけれど、自分の持っているエネルギーの全てを注ぎ込もうと思っていた。部屋に案内されて初めて自分の席に座った瞬間に隣りの課長に質問しまくり、その後の新人歓迎会の場では課長の唱える商社論に納得できず、真っ向から意見をぶつけた(今でも納得していない)。

後日先輩に呼び出され部署の皆から見える場所でこっ酷く注意を受け、自分のマナーの悪さを反省しつつも、自分の今後の方向性を定めるためにどうしても部署の強みや自分が身に付けられる事を知りたくて、しつこい位に質問攻めにした。

自分の部署内での第一印象最悪の中、毎日仕事とは関係の無い所で怒られ続け、部署外で自分の会ったことの無い人も僕の事を知っているという有様(笑)。

そんな中平静を装いつつも、精神的に疲れて一時期相槌しか打てなくなったり、話しかけられても会話が全く頭の中に入ってこなかったりした。

一週間で体重が3キロ落ちた事もあったし、大学を卒業した頃から体重が12キロ落ちた(筋トレをやめた事も原因にあると思うけれど)。学生の時は殆どついたことも無い溜め息を1日何十回ついたのだろう。


それでも、毎日2つのオフィスを行き来するという特殊な仕事環境をフルに活用して、組織の運営の仕方やバランスの取り方、また権限や責任の違いや客観的な業務の認識等、自分が追求したかった事をある程度は学び取ってこれたと思う。

財経理税務会計、内部統制、法令順守を総合的に勘案しながら部署の運営をするという流れの中で、自分の担当する末端業務がどんな大きな目的に結びついているのかを常に考えていた。上手く言葉で纏めることはまだ出来ないけれど、大きな目的の達成のためには、そこに達するまでのプロセスを業務の一つ一つに上手く落とし込む必要がるのだと実感出来た。

一方で、客観的視点や組織から一歩引いて物事を考えるという態度は、現場で共に働く人に不快感を与えていたかも知れないことも事実。何だかんだで僕に出来る仕事なんて殆ど無いし、一生懸命目の前の業務を覚える事が必要なことも重々承知してる。

でも、そこで近視眼的に目の前の仕事だけこなして自分の目標を見失うことはナンセンスだと思うし、僕がこの会社で出逢った凄いと思う先輩は皆、大きな目標を見失わずに今自分のやっている事をどうそこに繋げていくかを冷静に考え日々悩み、努力している。こんな先輩に出会えた自分は恵まれていると思うし、社外でも同じ様な意識を持った沢山の人達と出逢った。そうやってbirds of a feather flock togetherしていくのだと、何か見えない力を感じている。


そうやって少しずつ、自分の考えていることは間違っていないんだ、と確信できるようになったし、業務の飲み込みも早くなった。周辺知識もどんどん定着してきたし、大きな流れの中で自分の業務を認識できるようになってきた。自分の間違いは素直に受け入れると同時に、おかしい事はおかしい、とはっきりと言えるようになってきた。そうすることで少しずつ真剣な議論も増えてきた。

自分を殺して完全に思考停止して、組織に順応することだけを考えればどれだけ楽になるだろう、と思ったことも幾度もあったけれど、結果として自分の目標を見失わずにやってきたことで、業務効率は上がったし、視野はゆっくりと広がり始め、魅力的な人に出会い、思考が回り始めた。

自分では自覚してないくても、やっぱり大きな環境の変化があった一年だったのだろう。自分で認識できない位大きな変化に戸惑い、停止して、やっぱりまた動きだした。そんな2009年だった。


そんな中、やっぱり自分をいつも支えてくれていたのは、尊敬できる魅力的な同期であり、学生時代から同じ想いを共有してきた仲間達であり、家族。

こんなに我が儘で、良くも悪くも妥協できない僕の長い話をいつもいつも聞いてくれて、沢山の事に気付かせてくれて、本当にありがとう。心から感謝しています。もっと自分も気遣いが出来るようにならなきゃいけないし、学び取るだけじゃなくて学び取られるような生き方をしていきたいと思う。



2009年は本当にお世話になりました。
みんな本当にありがとう。

これからも皆で前に進んでいこう!
来年も宜しく。


さー、次は2009年の反省と抱負。
向き合うべき事に向き合わなきゃ。


imayu
 

            


今週土曜日はバタバタしていた。朝からの勉強会(Study Meeting)にカフェでの懇談会、その後最近ハマっているボルダリングをしにジムへ行き、夜はブログ経由でメールをくれた学生とカフェで就活について話をした。5回目の勉強会はうまく行きホッとすると同時に、理系のプレゼンターのスタイルを見ていて自分の思考に足りない部分を認識することができた。忙しい中本当にお疲れ様でした。 


ブログ経由でメールを貰ったのは久しぶり。大学時代は度々連絡を貰って、帰国する度に色々な人と会って来たのだけど、何故か就職してからめっきりメールが減り(笑)、チェックを怠っていた。だから今回は特に嬉しかったし、楽しみにしていた。 

凄く楽しかった。良い時間だった。やっぱり悩んでるよね。特にこの時期は、企業のウェブエントリーも始まって就活も本格化して来る頃だし、自分と向き合わなきゃならない時期なんだろう。自分のやりたい事や夢、目標を、既存の経済世界に見出し「具体化」するプロセスのは凄く難しいと思う。自分はどうしたいのか、物事への最終的な判断は色々な人の話を聞いて、出来るだけ多くの情報を取り込んだ上で本人が下す事だし、組織への帰属意識が無い自分だからこそ話せる事が沢山あると思ったので,自分が感じている事をそのままダイレクトに話した。 


話しているうちに、自分の目標についても再確認した。自分は、漠然と大きな目標を見据えつつも、目の前に常に見えるような目標(むしろ「意識」に近い)を大切にしている事に気付いた。途上国貢献、自分がどうしても実現したい目標だけれど、これは漠然極まりない。途上国ってどこからどこまでが途上国で、貢献ってそもそも何をする事が貢献で、それが分かったとしてもそれをどのように実現するのか、今でも考え始めればキリが無い。正直、こんな漠然とした目標だけを持っていても、何の具体的行動も喚起しないし、前に進むために必要なプレッシャーをかけられることもない。「途上国貢献」という目標は、行動指針にはならない。 

そんな中自分が行動指針として常に意識しているのが、「今の自分の心構え・やっている事を、カナダで出会った友人達に誇れるか」という事。組織に属するという事は自分の納得いかない事も多いし、いずれ自然とその組織に適するようにmoldされていく。そんな中で自分の芯を持つ続ける事は簡単じゃないし、大きな負荷をかける。そんな中でいつも自分を再確認する時に考えるのがカナダの友人のこと。 

「今の自分を見てマー君は何と言うだろう」、「サブリナはこの自分を見たら笑うだろうか」、「サンチアゴには尻を叩かれるだろうな」、「アメリはきっと''come on! imayu! get up and run!''と言うんだろうな」。。。 自分の目標に向かって一直線に進む友人を思い出して、こんな自分、あいつらに見せられない・・・そう思うと、もっと頑張らなきゃ、とシャキッとする。 

思い出せば、自分が途上国貢献や国際貢献を意識しだしたきっかけは、やたら多いラテン系やアフリカ系の友人の生い立ちや母国について話を聞いた時の彼らの表情だった。皆底抜けに明るいのに、時折見せるその表情は悲しさに満ちていた。それを見る度に自分は、こんな理不尽な悲しさを無くしたいと思ったし、何か自分に出来る事があるはず、と考えていた。 

マザーハウスの山口絵里子さんは、国際機関の現場意識の低さに疑問を持ち、バングラデシュへ自ら行き、理不尽な現実を目の当たりにし、それを変えたいという思いから起業した。人を動かす根本的なドライブは、崇高で漠然とした目標などでは無く、目の前にある現実に対する自分の思い、感情なんだ。 

勿論、途上国貢献や国際貢献は、自分が実現したい目標ではあるけれど、自分の根本的なドライブになっているのは、自分がカナダで出会った友人なのだと思う。大きな目標だけを見ていても自分を見失ってしまう。そんな中、自分の立ち位置を教えてくれて、焦らせて、自分を突き動かすのは、目標に向かって邁進する友人達の姿なのだろう。 

だから結局最後は、沢山の人に会って、目標に出来るような人を見つけたらいいよね、そんな事を伝えた。 


バタバタした土曜日の次の日曜日は、久しぶりに全く予定を入れず、ずっと気になっていたカフェでのんびり本を読んでいた。ヴェルナーゾンバルトの『恋愛と贅沢と資本主義』を読みながら、自分を動かしている根本的なドライブって何だろう、って考えていたらふと、St.Thomas時代の仲間の顔が浮かんできた。久しぶりにfacebookでメッセージでも送ってみるか。
 先々週の木曜日、渋谷O-Eastで、最近注目しているバンド、 
mouse on the keysのライブを見てきた。 







と言っても、その前にどうしても外せない用事があり、 
その後でダッシュして、アンコールの3曲が聞けただけ。 





只今練習中。8割方仕上がった。 



うーん、良かった。 

腹のそこから揺さぶられるようなバスドラムと、鼓膜に突き刺さるようなメタルシェルのスネアドラム。そしてちょっと気を抜いたら見失ってしまいそうなリズムを確実に支える繊細なハイハット。 

友人の日記から知ったバンドで、一回聴いただけですぐに引き込まれた。もともとdreamtheaterだったりtoeだったり、インストルメンタルが光るバンドが好きなので(ジャンルは全く違うが)、早速CDを買って毎日聴いていた。 

若者が集まる渋谷O-Eastで、スーツで汗だくで会場に駆け込んで来た自分はかなり浮いていたと思うけど、そんな事気にせずに、少しの間だけでも全身で音楽を感じて、その二日後にはスタジオに入ってしまう自分はやっぱり音楽が大好きなのだと再認識した。 



自分は結構色んな種類の音楽を聴くし、趣向も目紛しく変わっていくのだけど、そこには自分の高校時代の経験と性格が表れているなぁと思った。 

バンド活動に没頭した高校時代は、いつもバンドを掛け持ちしていた。ドラマーが少ないせいが大きかったと思うけど、一番最初の文化祭で先輩と組んでバンドに出て以来、色んな人と知り合う機会が増えて、ちょっとずつお誘いを受けるようになっていた。 

色んなバンドをやっていればもちろん自分の好きじゃない音楽もやらなきゃならないわけで、結構苦痛な時もあった。どうでもいいハードコアを1日で13曲位覚えて来いという無茶振りもされたり(結局覚えてきたのだけど、それを頼んだ先輩は全然やってこなかったという 苦笑)。 



ジャズ、パンク、クラシック、ロック、ハードロック、メタル、ハードコア、スカ、色々こなして来たけれど、色んな音楽を演奏する者の視点(聴点?)から聴いているといつの間にか、その音楽の特徴を客観的につかもうとしたり、批判的に聴く癖がついた。要するにひねくれたのか。 

ああ、この曲はフィル(曲の繋ぎに挿入するドラムのアクセント)のパターンがこれだけしかないから飽きてしまうんだな、とか、ここでちょっとトランペットが前に出過ぎると不快だな、とか、聴き手の事考えてない曲が多過ぎるなーとか、色んな音楽を批判的に捉えがちになってしまった。まあそれによって、曲の全体像を掴めるというのもあったのだけど。 

結果的に、ある音楽を好きになっても、すぐにその悪い所を勝手に見つけて次を探してしまい、なかなか一つの音楽に定着することがない。そうするとその音楽の良さを心底分かる前に特徴を掴んだ気になってしまう。音楽の良さなんて、十分に聴いて感じてみなきゃ分からないのだから、そこまで理解するまでに真摯に聴くのを止めてしまうのは自分にとってマイナスになることもあると思う。 

この傾向、プラス面ももちろんあると思うのだけど、物事を斜めに捉えてすぐ理解した気になってしまうのは本当に良くないと思う。目の前の事、もっと真摯に理解しなきゃ。これ、今の自分の課題かもしれない。 


そんな事を徒然、mouse on the keysのライブで考えていました。

突然ですが今日から2週間、バングラデシュに行ってきます。



 
                 retrieved from http://4travel.jp/traveler/azianokaze/pict/11338755/



今回の旅の目的は、発展途上国の現状・真実をこの体でしっかりと受け止めてくること、
そして将来自分の夢を実現するための新しいカタチを探してくること。

今まで偉そうなことを言っていて実は
発展途上国に行くのは初めての僕。

ダッカを拠点として、ラシジャヒ、シレット、チッタゴン、
可能であればインド・カルカッタまで回ってきます。
その間にバングラデシュで活躍されている
沢山の人にもお会いする予定です。

かなりドキドキしていますが、
絶対に何かを掴み取ってきます。



思ったよりも航空券が高く、
牧場でのアルバイト代が吹っ飛びました。
お陰でかなりの貧乏旅行を強いられそうです。。。

こんなにダイソーに通ったのは初めてかもしれない。

帰国は11月11日の朝6時。



東ヨーロッパシリーズ、
Realisitic Dreamシリーズ、
中断してしまって申し訳ありませんが、
帰国次第再開しますので、
それまでしばしご容赦ください。


それでは。


Imayu


バングラデシュに行ってみたい→ 

 

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HN:
Imayu
年齢:
32
性別:
男性
誕生日:
1985/05/13
趣味:
ドラム・筋トレ・読書・旅行・絵描き・マグカップ収集 etc...
自己紹介:
英語偏差値30の高校時代を経て、カナダ東海岸、St.Thomas Universityに留学。政治科学と人権学を専攻。専門はアフリカ人権問題とドイツ政党政治。2009年4月付けで、某財閥系総合商社へ入社。

先進国に生を受けたからには世界を相手に何か出来る事が、すべき事があるんじゃないか。「『日本人として』、世界という舞台で闘い、途上国の人々の未来を創る」という夢に向かって邁進中。ビジネスを通した途上国貢献の道を模索中。

''Watch your thoughts; they become words.
Watch your words: they become actions.
Watch your actions: they become habits.
Watch your habits; they become character.

Watch your character; for it becomes your destiny.''

※メール→imayu_canada[at]yahoo.co.jp(ブログ用)
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