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英語偏差値30からカナダ東海岸St.Thomas Universityに留学。卒業後2009年4月、某財閥系総合商社へ入社。
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戦後日本は、機械化、経営方針の近代化による
酪農の大規模化、効率化を推し進めてきた。

トップダウン式に一方的に押し付けられたこの変革も
今ではだいぶ現場に浸透しつつある。

酪農家達は漠然とした危機感のもと、大規模化、
会社的経営方式の必要性などを感じているし、
いくつかの農家は周りに先立って大規模化を進めている。

しかしこれらの変革はあくまで「漠然」とした危機感の上に、
「漠然」とした変革の必要性を感じて行われているもの。
これらが具体的に将来性を見据えて行われているとは必ずしも言えない。

むしろ、大規模化や牧場の会社化は、
根本的な問題を解決しないまま、また気付きさえしないまま
行われている感がある。

そしてその漠然とした近代化は、おそらく失敗する。



(広大な土地は全て牧草のため。草ロールを一年で400個ほど作る。)


①土地の集約


まず、大規模化に必要な土地の集約が上手く行かない。

僕がアルバイトに行っていた北海道中標津の土地を
グーグルマップなどで見てもらえばわかるが、
すでに農場ごとに細かく土地が割られてしまっている。

農場は道路で区切られて、それぞれのブロックには
各農家の諸施設、経産牛舎、育成牛舎、子牛小屋、車庫、事務所などが
各農家の好みの位置に建てられている。

農家ごとに牧草地の場所は違うし、
すでに沢山の建物が建ってしまっているのに、
この建物を全て数箇所にまとめることや、
よく整備された道路をわざわざ壊して
牧草地を集約することは極めて非現実的。

わざわざ建物や牧草地をまとめなくてもいいじゃない?とも考えられるが、
土地の集約は、酪農を大規模化して効率化するには必須。
さらにはこれからますます重要になってくる環境的観点から見ても重要。

なぜなら、これだけ細かく牧場が分かれてしまっているせいで、
収乳タンカーは各農家をわざわざ回らなければならず、
余計な燃料コストがかかる。排ガスも出る。電気代もかかる。

しかも各農家ででたリサイクル可能なごみ(想像を絶する膨大な量)さえも、
燃料コストがかかるという理由で回収しない。
なので各農家はこの膨大な量のプラスチックごみを
家の焼却炉で何のためらいもなく燃やす。黒い煙がモクモクあがる。
(実際酷かったです。。。)

余計なコストを削減し効率化するためにも、
しかも環境保護的観点から見ても、
土地の集約は酪農近代化に絶対不可欠なもの。


②人の集約

酪農施設、人の集約も大規模経営に欠かせない。
それによって、更に多くの牛をより少ない人間で搾れるからだ。
人件費の削減は、効率化に最も有効な方法の一つ。

酪農家達も「漠然と」大規模化と会社経営の関係性を意識している。

しかし、自分の好きな経営方針で誰にも批判されずに、
人でなく牛を相手に酪農をしてきた人間が、
いざ会社を設立して一緒に仕事が出来るのか。

俺の働いていた牧場のおばさんが、
自分の経営方針が一番良いと断言すること、
毎日の様に他の牧場の批判をすること、
町内会の集まりで毎回のように意見が対立すること、
(しかもその批判・対立は建設的でないことが多い)
それぞれの農家が小規模、中規模、大規模と
好き勝手な経営方針を取ってそれを最良と思っていること、

これらの事実を考慮すれば、
答えは牛を見るより、いや、火を見るより明らかだ。


③会社化に対する意識

そして、酪農家達の「会社化」という概念は
やはり「漠然」としたもの。

酪農の会社化によって機械化、大規模化が進めば、
人員の削減が進む。
言い換えれば、沢山の人が今の職を失う。

具体的に例えると、
80頭ずつ搾っている農家が5件あるとする。
搾乳システムは非近代的な方法。
各農家夫婦で経営しているとして、人員は全部で10人。
この5件が会社化して、1牧場で400匹の牛を搾るようになる。
ここで近代的なパーラーシステムを導入すると、
おそらく仕事に必要な人員は、多く見積もっても半分の5人程になる。

という事は、会社化によって5人の酪農家達が職を失う。

酪農家達は、大規模化→会社化、という考えは一般に持っているが、
会社化・効率化→リストラクチャリング・人員の削減、
だということをわかっていない。

結局、頑固な酪農家達は会社運営ができず、
しかも人員削減という最も現実的な問題も見えていない。

これでは会社化が上手く行くはずも無い。



このように、酪農の大規模化・効率化、あるいは会社化は、
土地的集約の非現実性、人的集約の不可能性、
そして会社経営に対する意識の希薄さによって
妨げられる可能性が高い。



(4時間くらい延々と乗る)


さらに憂慮すべきなのは、
大規模化をする、しないに関わらず、
酪農の将来は極めて危険だということ。

それは2つの観点から言える。

1つは、親からのノウハウを継承できない牧場が増えている、ということから。
そしてもう1つは、新規就農する人間も、
大変な酪農の仕事をやりきる気概を持っていない、ということから。



酪農は「跡継ぎがいない」という言葉をよく聞くが、
それは半分本当で半分ウソだろう。

確かに、酪農家の子供達が、
ネットの普及などによって外の世界とのアクセスを持ち、
非近代的な第一次産業に対する興味を失いつつあることから、
親のあとを継ぎたくない、というケースは増えている。

※それに加えて、酪農家自身も自分の子供達に酪農を継がせたがらない、
というケースも観察できる。
彼らは数十年酪農をやってきて、酪農情勢が悪くなる一方なのを知っている。
そしてこれからもそれは悪くなるだろう、と観測している。
それが分かっていてわざわざ子供に苦しい思いをさせたくない。だったら他の・・・
こう考えて、あえて子供に牧場を継がせない農家も多々存在する。

一方で、学校を中退し職が見つからない人、
人とのトラブルに悩んだ人や、社会生活に馴染めない人が、
より自分に合った仕事を求めて新規就農するケースは増えている。

皮肉なことに、これも近代化によってもたらされたことだ。
より多くの情報に触れられるようになったことで、
普段意識さえしなかった第一次産業の道が、選択肢に加わった。


この構図に大きな問題がある。
結局、親の酪農を幼い頃から肌で感じて、
教わって、手伝った育った子供が牧場を継承せず、
一次産業の辛さを全く知らずにやってきた
いわゆる「よそ者」がそれを引き継ぐ。



そしてその「よそ者」は、


「動物好きだから」と楽観的に入ってきた時の気持ちが
一瞬で吹き飛ぶ位の現場の辛さに戸惑い、


ただ牛の乳を搾っていればいいわけでない複雑な牧場経営に圧倒され、


非効率的な経営をして、


大きな借金をして、


酪農を辞めていく。




このネガティブな構図が日本全国どこでも、
そして新規就農者全般に言えることではもちろんないが、
この構図において酪農の将来が暗いものであることは想像に難しくない。



このような酪農の構図、空気を現場で目の当たりにして、
俺は日本の酪農に強い危機感を感じた。


では、どうすればいいのか?


それには、日本の酪農で今まで大前提で進んできた
大規模化・効率化・会社化の根本概念をを改めて考え直さねばならない。

西欧的な近代化の概念が果たして正しかったのか?

広大な土地にバックアップされた
西欧諸国と同じ経営方針が果たして日本で成り立つのか?

では、日本の酪農はどうあるべきなのか?

日本に適した酪農経営方式とは?



これについてはかなり長くなってしまうので、
気が向いたら書きます。


Imayu


日本の酪農、かなりヤバいです→

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「第一次産業は厳しい」

「酪農は精神的にも肉体的にもハード」

「日本の酪農情勢は悪くなる一方」

という言葉をよく耳にする。



ではどれほど大変なのか。

戦後進んだ農家の経営方針の変化(大規模化)はどのような結果をもたらしたのか。

昨今の原油価格、食糧価格高騰は、農家にどんな影響を与えているのか。






戦後の食糧需要の増加によって、
酪農家は機械化、大規模化を強いられた。


原始的な手搾りでは、1人1時間で2頭ほどしか搾れなかったのが、
レール型の搾乳機(ウチの牧場)によって、
1人1時間で2,30頭搾れるようになった。
更に技術化が進んでパーラーシステムが登場すると、
1人1時間で50~100匹搾れるようになった。




(パーラーシステム)



機械化は他方面にも進み、
増大する牛のエサを準備するためのトラクターが増え、
その牛から出る糞を除去するための車が増え、
何十、何百頭の牛に同時にエサを与えるため車が増え、
そのエサを移動するための車が増えた。

機械化によって、個人一人一人がマネージできる牛の頭数は
何十倍、何百倍にも増えたが、
それによって多額の債務を酪農家が抱えたのも事実。

そしてその額は何千万、何億という膨大なもの。
実際、上記のパーラーシステムを導入している農家は
何億という借金を当然のように抱えている。

高度成長期の日本では、このような多額の借金もできた。
国を揚げて、成長する日本経済、
増大する消費をサポートするための大規模化を推し進めてきた。

その結果、借金を返すために、
農家は12時間以上の労働をコンスタントに課すことになったが、
日本のバブル経済が崩壊するまでは、
酪農家も少しずつ借金を返していくことができた。



(こいつが宿敵の婆牛)


そこで酪農家を直撃したのが原油価格、食糧価格の高騰。


国家政策のもと機械化を進め、
機械への依存率が高くなった農家が
原油価格の高騰によって大きな打撃を受けている。

いまや全ての作業に原油を消費しなければならない酪農家にとって、
原油価格の上昇は酪農経営そのものを締め付ける要因となっている。



そして食糧価格の上昇。

牧草よりも乳量を上げるのに効率の良い配合飼料は、
ほとんどが輸入トウモロコシなどによって作られている。

機械化と同時に経産牛の生産乳量を高めようとしてきた酪農家は
配合飼料への依存率も高めていた。

今回の食糧価格高騰によって、
2003年からの配合飼料価格は25%も上昇した。

しかし、トウモロコシが高いからと言って牧草飼育に回帰して
絶対収入源の牛乳の量を減らすわけにも行かず、
利益が出ないのを分かっていながら配合飼料を使わざるを得ない。

原油価格、食糧価の上昇は酪農家にとってダブルパンチ。

※今年7月、北海道農業共同組合連合会(ホクレン)は、
畑作用の肥料の価格を75%上げることを発表した。



もはや昔ほどの利益がでない酪農家は、


高度成長期に抱えた多額の借金を返すことができない。


しかし一度上がった物価が元通りになることはほとんど期待できない。


しかも牛乳の価格(乳価)は下がる一方。


そして一度機械化した農具は高い費用を払ってのメンテナンスが必要。


結局更に借金を重ねての自転車操業を強いられる。




その結果農家は、更なる労働を強いられることになる。


跡継ぎのいない農家の平均年齢は上がる一方(現在50歳以上)。


そんな中酪農家達は身体に鞭を打って働いている。




「酪農30年以上やってきているけど、情勢は全く悪くなる一方なんだ。」

「もちろん、借金が出来た時期は酪農も景気が良かった。だから借金をしたんだよ。
みなさん(消費者)のニーズがあったんだもの。」

「辞めたい、なんて考えたことはない。
だって私達が辞めたら全ての経済が止まってしまうんだから。」



パソコンの前から一歩も動かずに、
できるだけ楽に金儲けをしようとして、
指先のワンクリックでお金を動かして、
その結果起こった原油と食糧の価格高騰。

そしてそのツケは全て第一産業の現場へ。
パソコンの前で実体の全く無い金融取引や
リスクコントロールをしている人間には決して理解しえない現場の苦しさ。



これほど如実に産業間の矛盾を感じたことは無かった。

一生懸命働いている人間が責任を押し付けられ、貧乏くじを引く歪んだ社会。

産業間の理解し合えない隔壁と、それ故に起こる矛盾した利害関係。



実際に酪農の現場で働いて、
今まで気付こうとしなかった、
理解しようとしなかった、
産業間の関係全体を俯瞰できるようになったと思う。

そして、これは世界レベルの途上国と先進国の関係の縮図であると感じた。


Imayu


サービス産業に生きる僕らも、
酪農家の苦労の上に成り立っています→ 

 

酪農の仕事は、極めて多種多様な作業で構成されているが、
説明し易いように考えてみると、大きく4つのフィールドに分けられると思う。

その4つは、経産牛の世話育成牛の世話子牛の世話、そしてその他の作業

経産牛というのは、いわゆる乳の搾れる牛。
経済的に生産性のある牛、ということでこう呼ばれる。

経産牛の世話、というのは、搾乳、藁敷き、放牧、掃除など。





搾乳は一番骨の折れる作業

うちの牧場は大体70頭前後をコンスタントに絞っていて、
全ての牛を絞り終えるのに約2.5時間かかる。

なぜそんなに時間がかかるのかと言うと、

牛一頭一頭、ストッパー(暴れ防止のため)をかけ、
4本の乳首を消毒液に浸し、
乳首をリサイクルペーパーできれいに掃除し(糞だらけ)、
蓄積された老廃物を出すために前絞りをし(各乳首5回くらい)、
そしてようやく搾乳機をかける、という作業を行うから。

そして牛の乳の出が悪くなると、
牛の乳をマッサージしながら最後のギリギリの手前まで搾りきる。
(ちなみにこの作業だけは、3ヶ月間ではやらせてもらえなかった。
牛一頭一頭タイミングが違う上に、搾りすぎても残しても牛が病気になるから)
搾り終えると、最後にもう一度乳首を消毒液に浸し、
搾乳機をパイプから引き抜き、次の牛へ移る。

この作業が約5~10分かかり、70頭分延々と繰り返す。

そして牛によっては、病気の乳首があったり、
乳の出ない乾乳があったりするので、
その都度タンクを接続したりキャップをはめたりして、
悪い乳を分ける。

これが終わるとようやく搾乳機の掃除に入る。

6つある搾乳機を一つ一つ水洗いして汚れをふき取り、
入り組んだパイプのスイッチを切り替え、接続し直し、
酸性・アルカリ性の二種類の洗剤を注入し、
先ほど使ったタンクを掃除し(水、ぬるま湯、お湯の三段階)、
消毒液を補充する。

そしてその他に使ったバケツを一通り掃除して、
子牛にあげる牛乳を温めるためのお湯を準備し、
搾乳機洗浄開始のスイッチを入れる。

(天気が良く、土の状態がいい場合は、この間に牛を外に出し放牧する)

そして直ちに牛舎の掃除へ移行。
一日一頭10キロ以上すると言われる牛の糞を尿溝と呼ばれる溝に落とす。
次に牛の下に藁を敷く。(この作業がかなりキツい)
牛の食べ残した餌も全て溝に落とし、通路にこぼした藁も箒で全てきれいにする。
そして最後に脱走防止のためのロープとチェーンをかけて、扇風機をかけて作業終了。

搾乳は3人がかりで行い、それ以外の仕事は全て俺一人で担当する。





経産牛の仕事が終わると育成牛の世話に移る。

ここでの作業は、餌やりが基本。
特殊なトラクターを使って餌を切り出すので、
この作業は、俺が上の仕事をしている間におばさんがやる。

そして餌に特殊なとうもろこしドーピングえさ(配合飼料)を混ぜて与える。

この牛舎の糞掃除は、他の特殊なトラクターを使って一気にやってしまう。





そして最後に子牛の世話

たんぱく質、排便促進剤、ビタミンなどを少量混ぜた牛乳を、
子牛それぞれに合った量に調節して巨大哺乳瓶で与える。
遅い牛は一本飲むのに20分位かかる。

。。。


これで一日のうちの半分のシフトが終了。
午後4時からまた同じ作業をする。1日2回の搾乳。

最初のうちは作業が遅かったので
朝4時から始めて昼の11時位に終わった。
しかし最後は朝5時に初めて
10時には終わるようになった(その分違う仕事が増えたわけだが)。

実際はこの間に、牛の病気を発見したり、子牛が生まれたり、薬を飲ませたり
と細かい作業が入り、時間通りに終わることはほとんどない。

一見体力勝負な作業に映りがちだが、
実際は牛の病気の治療のタイミング、牛の発情の見極め、薬の調合、
子牛の種付けのタイミング、餌の量の調節などなど、頭を使う作業も多い。





その他の作業、というのは、サイレージ作り(長期保存用発酵飼料)、
草ロール作り、草刈り、たい肥作り、と沢山ある。

これらの作業は基本的に上記の牛の世話が終わってからするので、
完全なオーバータイム。特に50町以上ある土地の牧草を全て刈り込んで
草ロールにする作業は、日中目いっぱい働いても、短くて一週間はかかる。

その他の作業の詳しい内容は割愛するけど、
酪農は、5分で覚えられる作業が100も200もあるような仕事。
この膨大なプロセスをいくつも同時進行でやらなければ仕事が単純に終わらないし、
雑な作業をしたり遅れたりすれば、全て牛のストレス、という形で現れる。
(ファックスで二日ごとに送られてくる「体細胞数」でわかる)


この、頭と身体をフルに使って
テキパキと作業をする感覚がなかなか身に付かず本当に苦労した。

結局、変わり者のおばさんに3ヵ月バカ、と言われ続けることになる。


Imayu


正直子牛はカワイイ。。。^^→ 


 

日本に帰国して一週間、快晴。

羽田から、根室・中標津空港という聞き慣れない空港に飛び立つ。

飛行機の50%は空席。CAの平均年齢も高めだ。

「おお、さすが田舎。もう人が少ない。笑」などとのん気に考えながら、

ゆったりと本を読む。

山崎豊子の『沈まぬ太陽』。



この時俺は、これからの3ヵ月、

のんびりと日の出、日の入りを見るような時間が全く無くなるなんて、

予想だにしていなかった。



中標津空港に降り立つ。

人が少ない。

キョロキョロと辺りを見回していると電話がかかってくる。

「あんた?Imayuさん?今どこにいる?」

「今空港に着きました。もうロビーにいますよ?」

「あ~でっかい男か。いたいたいた。こっちだよ。」



ふと見ると、背の低い優しそうなおばさんと、

ジャージを着た少し太めの高校生が手を振っていた。

「良かった。優しそうな人じゃないか。」

正直どんな人が出てくるのかと不安だったけど、

少し安堵する。



お昼ご飯でお寿司をご馳走してもらい、

3人大分打ち解けてきた中、牧場に向かう車中での会話で、

カルチャーショックは始まった。



おばさん(OB)「あなたどこから来たの?」

Imayu(IM)「○○からです。」

OB「(深くため息をついて)あ~、○○か。。。そこから前に一回だけ人が来たけど、
そいつはてんでダメなやつだったなぁ。○○はダメな人間なんだよ。あ~あ、○○か。」

IM「はっはっはっ。じゃあその二人目にならないように頑張ります!」

OB「どうだか。ちなみに血液型は?」

IM「。。。!!!。。。 A型です。」

OB「ああ、ちょっとはマシになったか。
(ここで、いかにA型以外の人間がおかしいかを15分くらい語りだす)。
で、母親の血液型は?」

IM「・・・・・・・O型ですけど。。。」

OB「ハァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。。。ダメだこりゃ」

高校生「クスクスクス」




何かがおかしい。

そんな事に少しずつ気付き始めた住み込み酪農初日。

周りは一面、緑、緑、緑。

車はすでに40分近く走っている。



「俺は帰ることができるのだろうか。。。」

そんな不安を抱きつつ、

緑の大地、青い空、そしてさんさんと輝く太陽を、

俺は救いを求めるように見つめていた。








Imayu


ただいま。→

早かった3ヶ月。


今日無事に住み込み酪農を終えました。


本当に沢山の事を学んだ。


酪農現場の辛辣さ。


産業間の隔壁と理不尽さ。

酪農の未来の雲行き。


「ビジネス」という概念と一次産業の整合性。


日本の酪農の問題点。


相互扶助の生きるコミュニティの重要性。



等々。


詳しいことは帰ってからPCでまとめます。本当に多くの事を学んだ。



ケガも、牛に踏まれた足の小指がポキポキすること以外は特に何もない。



最後、ようやく酪農という仕事の意味や全体像が見えてきて、役に立てるようになってきたところだというのに。



でも、ここでの特異な経験は、自分の価値観に大きな影響を与えるものになったであろう。





心身ともに辛かったけど、来て良かった。




明日、釧路に発ち、明後日から4日間、札幌に滞在し、本州に帰ります。



さぁ、次の準備を始めよう。


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Profile
HN:
Imayu
年齢:
32
性別:
男性
誕生日:
1985/05/13
趣味:
ドラム・筋トレ・読書・旅行・絵描き・マグカップ収集 etc...
自己紹介:
英語偏差値30の高校時代を経て、カナダ東海岸、St.Thomas Universityに留学。政治科学と人権学を専攻。専門はアフリカ人権問題とドイツ政党政治。2009年4月付けで、某財閥系総合商社へ入社。

先進国に生を受けたからには世界を相手に何か出来る事が、すべき事があるんじゃないか。「『日本人として』、世界という舞台で闘い、途上国の人々の未来を創る」という夢に向かって邁進中。ビジネスを通した途上国貢献の道を模索中。

''Watch your thoughts; they become words.
Watch your words: they become actions.
Watch your actions: they become habits.
Watch your habits; they become character.

Watch your character; for it becomes your destiny.''

※メール→imayu_canada[at]yahoo.co.jp(ブログ用)
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