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とりあえず研修は乗り切りました。
バブリーな研修施設で一週間泊まり込み。
チームで朝から晩まで(最終日は朝4時まで)ビジネスモデルを練り続け、
最終日にプレゼンして、帰りに軽く同期と飲んで帰宅しました。
土曜日は近所の美容室で顔を揉んでもらい、髪を切って新宿へ!・・・読書して。
で、夜は同期の計らいで楽しい時間を過ごさせたいただきました。
日曜日は渋谷でHRKと会って勉強。と言っても気に入った場所がなかなか見つからず、結局渋谷から六本木まで歩いてしまった。さすがにマズいと言うことで、青山に引き返して、長居にはもってこいの’’Cafe Centro''へ。環境やら経営分析やら証券やら色々やってました。来週はいよいよプレゼンが回ってくる。楽しみだ。
夜は某証券会社に入社したNと半年ぶりくらいに再会。
彼も監禁合宿を満喫しているようw
さて、フリードマンの『環境革命』を読み終わって考えることが色々あった。
地球温暖化がメディアなどを通して世の中で共通認識になり始めてから、消費者に受けやすい形で、「エコ」や「ロハス」という言葉が流布し始めた。そして、これらの言葉には、従来の大量生産大量消費の文化を見直す、「節約」や「不便」という言葉が内包されることが多い。
行き過ぎた経済成長がバブル崩壊という形で露呈した今、温暖化や地球環境に注意を払う動きはますます広がっている。そしてそこには、「市場主義の否定」や「脱成長」、「伝統的生活への回帰」などの言葉が見え隠れする。
本当にそうだろうか?
フリードマンは、環境保護にはテクノロジーの改善が不可欠であり、それは市場主義によって達成される、という。
既存のテクノロジーを急激に改善させて、新テクノロジーでそれだけのイノベーションを引き起こせるのは、市場主義だけだ。一万人の発明家が、一万社の企業、一万カ所のガレージ、一万カ所の研究所で、改革をもたらすブレークスルーを促進するために働くのに十分な資本を、効率的かつ迅速に集めて投下できるのは、市場だけだ。そうしたブレークスルーの最高のものを商品化し、既存のものを私たちの必要とする範囲、速度、規模で改善できるのは、市場だけだ。(『環境革命』p.50)
この主張には説得力がある。生活習慣の改善だけで行う環境保護は限界がある。生活排水を減らすには、蛇口の水をこまめに止めるだけでは無駄で、水洗トイレ、お風呂に毎日入る習慣を改めなければならない。環境破壊の最もな原因は産業革命に始まった急激な工業化なのだから、それに立ち戻ることなんて不可能だ。
だとすれば、市場経済の強みをフルに使って、既存の工業システムを更に改善し、地球との持続可能性を見いだせるほどの技術力まで高めるのが、一番自然な形と思える。
ただ、フリードマンはここで、ダニエル・グロスを引用し、環境技術の革新に「エネルギー・バブルを引き起こすこと」の可能性を直接的では無いが示唆している。ここに関して自分の中では釈然としない部分があって。バブルはあくまでバブルであって、それが崩壊した後には掻き乱された濁流しか残らない。
たしかに、1990年代のITバブルは、IT技術の大進歩をもたらしたかもしれない。しかし、日本のバブル崩壊では、日本は一体どんな技術を得ることができたのか?不動産運用技術?陳腐な財テク?今回のLSを発端とするバブル崩壊によって、アメリカは何を得たのか?顧客と責任の所存を不明にする金融技術?なんだろう。
バブル崩壊はそこに存在した信用や需要に対する過剰反応を引き起こして、本当に必要なことやものまで奪ってしまうのではないか、と俺は思う(今回の件で言えば、プライムローンであったり)。環境技術、エコに大して過剰な需要が起こった場合、それがまたバブルとなって崩壊してしまったら、本当に持続して行くべき技術革新や生活スタイルまで吹き飛ばされてしまうのではないか、と心配になる(具体的な例が思い浮かばなくて申し訳ない)。
しかもこの辺の危うさは、「社会企業」「ソーシャルベンチャー」なんて概念にも当てはまるような気がする。
ということで、俺は、意味のある経済的発展を無意味なものにしかねない「バブル」という概念については懸念を隠せない。むしろ、環境など持続可能性が核となることを「バブル」で霧散させないような地道な努力が必要なのではないか、と考える。
この辺については、ダニエル・グロスの『爆発!ー経済にとってバブルが重要である理由』でも読んで再考してみよう。
あ、でも今週は、週末に会う外資生保の方とのお話に備えて、もっぱら生保の勉強に終止しそう・・・
Imayu
入社して約一週間が経過。明日から週末までは恐怖の英語監禁合宿。
ビジネス論やらディスカッションやらやるみたいだけど、先月アメリカ人の友人と話した時の自分の英語が鈍りすぎていてちょっと心配。3日もあれば調子も良くなると思うんだけどなー。なかなか機会がないよな。
入社してから本社、研修施設の2カ所で講習を受けてきたのだけど、本当に色んな意味で不安にさせられたw これは自分でどうにかして行かないとダメだよなぁ。とはいえ、研修中はやはりどこか不完全燃焼気味ですっきりと眠れないので、朝晩の読書・勉強や週末の勉強会、セミナーに参加したりして消化している(どこかで読んだような・・・)。
最近の自分の読書の傾向としては、2つの方向性があるように思う。第一に、最近ますますビジネスの仕組みづくりや革新的経営体制の構築、戦略的経営などに興味が出てきたので、自分がこれからやりたいビジネスを行う際のライバル企業の研究に熱が入る。
やっぱりGEはすごいよね。無形固定資産の保護、生涯雇用体制、時代に適応した厳しい変動雇用制、目標管理の為のビジネスユニット制、などなど、大企業として効率化を促す経営方針を次々に打ち出している。こんな風に書くと一見、エリート主導の人間味の無いシステマチック経営のようにも映るけど、GEは危機にも何度も直面しているし、リーダー選びにもしばしば苦心している。強い組織、っていうのはこういうことを言うんだろうな~。その根源を自分なりに見つけたい。
あとは、最近は未来についての本を良く読んでいる気がする。知人のブログに紹介されていた『未来をつくる資本主義』(スチュアート・L・ハート)、『グリーン革命(上・下)』(トーマス・フリードマン)、『大転換 脱成長社会へ』(佐伯啓思)、みたいな感じか。残念ながら佐伯氏の本はひどすぎると言うしか無いけれど、ハートの本は自分のケースに当てはめたりすることが出来て興味深かった。
「過去」と「現在」の延長線上にある「未来」について論じる、というのは、各時代のミクロとマクロ、様々な要素を考慮しなくてはならない上に、最終的に推論もある程度含まなければならない点でとても難しいと思う。だからこそ、説得力を持って魅力的なビジョン・未来論を建てられる人には魅力を感じるし、そこから自分も深く考えることができる。いやー、面白いな。
同期と参加した有楽町での経営戦略セミナーでは、戦略経営論の変遷をアンゾフから大前研一までザッと学んだ。企業戦略構築の基軸を外部環境から割り出すのか内部から見つけ出すのか、またどのパラダイムが一番適しているのかの問題設定が一番大切なのか、こういう流れは社会科学、政治科学とかなり近いのだなーと思った。だから理解するのには思ったほど苦労しなかった。
で、あとはHRKと青山のカフェに陣取ってひたすら勉強。彼も色々悩んで行動しています。彼からは毎回本当に良い刺激をもらえる。俺も頑張らなきゃ。
それでは、研修行ってきまーす。
Imayu
「現場から学ぶことは多い。」
「現場を軽視するな。」
「現場に足を運べ。」
様々なビジネス書や著名な経営者などから頻繁に見られ、聞かれる言葉だ。
経営者という立場に立つと、業績を財務諸表や下から上がってくるレポートをもとにして会社のマクロな方針を決めなくてはならず、泥臭い現場を認識することも少なくなってくるのだろう。
確かに、経営者が実際に現場に足を運び、データを分析しているだけでは見えなかった問題が露呈し、改善に向かった例は多い。
カローラが市場価値を失いかけた90年代のトヨタが勢いを取り戻したのは、当時の奥田社長の現場認識が優れていたという点は無視できない。
更に、高度経済成長期から消費者の行動が急激に変わり始め、ますます多様化する消費者のニーズを商品に深く反映するシステムが求められるこれから(SPAなど)、現場に足を運び消費者を理解する姿勢はますます重要になってくると思われる。
ということで、先月辺りから、自分がどこかに行く時、訪れる場所を運営している企業の基本的な財務や経営方針についての情報をできるだけ分析してから行くようにしている。
自分である程度経営アイデアやシステムなどの考えを持ってその場所を訪れれば、全ての場所は現場になりうるのではないか、と。セブンイレブン、ローソン、ユニクロ、しまむら、無印、CoCo壱番屋、自分なりに「現場」を回っているうちに色々なことが見えてくる。
自分たちが何気無く「良いなぁ」「共感するなぁ」「熱いなぁ」と思って目にしているものが、裏では極めて冷静な思考に基づき、試行錯誤と圧倒的な実行力の上に成り立っていることがわかる。
やはり今までの自分は、気持ちだけが先行して、必要不可欠な冷静な思考を怠ってきたのだと改めて認識させられる。自分ではバランスをうまく取っているつもりでも、実際にはその認識自体が冷静な思考の欠如によるものだったのだと痛感する。もっともっと考えなければ。
なんてことを考えつつ、ある程度企業の経営方針を把握した上で目撃するBtoCビジネスのダイナミズムには心底圧倒される。消費者を相手にしている以上、その会社のインプットがダイレクトにアウトプットとして現れるし、もっと根本的なところで、実際にお客さんと接していけるのは本当に楽しいと思う。
それと比べてBtoBでは、やはり慣例だったりルールだったり、色々な制約がついてアウトプットが均質的になってしまう印象を受ける。それがインフラ開発という、世界中の大企業やはたまた国家権力まで巻き込んだビジネスになればなおさらその傾向は強まるだろう。
やっぱりこの辺が、自分が海外IPPや途上国インフラ開発に必ずしも納得できない理由なのかもしれないな〜。もちろんプロジェクトの規模や経済的な影響力は莫大なものがあるのだけど、その規模ゆえに自分がシステムを作り上げていく、という概念は少ないと思うし、BtoCビジネスを通して社会に目に見える良い影響を与えていけるのなら、どんなに楽しくて、やりがいがあるだろう。
そんなことを考えるImayu、入社2日前。
imayu
Picuture: http://www.p-p-s.co.jp/column/post_9.html
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先進国に生を受けたからには世界を相手に何か出来る事が、すべき事があるんじゃないか。「『日本人として』、世界という舞台で闘い、途上国の人々の未来を創る」という夢に向かって邁進中。ビジネスを通した途上国貢献の道を模索中。
''Watch your thoughts; they become words.
Watch your words: they become actions.
Watch your actions: they become habits.
Watch your habits; they become character.
Watch your character; for it becomes your destiny.''
※メール→imayu_canada[at]yahoo.co.jp(ブログ用)